大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和50年(ワ)189号 判決 1977年11月16日

原告

水田暁峰こと李暁峰

被告

株式会社大善建設

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金一一五万〇七一六円およびこれに対する被告株式会社大善建設については昭和五〇年五月三〇日から、被告李泰憲については昭和五〇年五月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し連帯して金四六一万〇、二一四円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故により負傷した。

(一) 発生日時 昭和四七年五月二四日午後九時四〇分ころ

(二) 発生場所 新潟市小針二一五五番地先路上

(三) 加害車 普通自動車(8新く4309、以下被告車という。)

右運転者 被告李泰憲

右所有者 被告株式会社大善建設(旧商号株式会社東洋開発)

(四) 被害車 自動二輪車(CB750・1027452、以下原告車という。)

右運転者 原告李暁峰

(五) 態様 対向車線を進行してきた被告車が、原告車の進行進路直前において右折したため、被告車の左側面前部と原告車の右側面前部とが衝突した。

(六) 傷害の程度 原告は本件事故により急性硬膜下血腫、脳挫傷の傷害を負い、その後も外傷性痙攣発作のため、次のとおり医療法人桑名病院で治療を受けた。

(1) 昭和四七年五月二四日から同年七月二日まで入院

(2) 昭和四七年七月二六日から同年八月一〇日まで頭蓋形成のため入院

(3) 昭和四八年六月二四日から同年七月一六日まで痙攣発作のため入院

(4) 昭和四九年七月一二日から同年七月一九日まで痙攣発作のため入院

なお、退院後も同病院へ通院し、昭和五〇年四月現在においても、脳波検査による痙攣発作再発についての追跡調査を受けている。

2  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一) 被告株式会社大善建設は、被告車を所有して自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条による責任。

(二) 被告李泰憲は、被告車を自車進行方向右側(原告車の進行方向左側)の空地に進入させようとして右折するにあたり、対向車線を進行してきた原告車の進行の安全を確認する注意義務を怠つた過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

3  損害

(一) 治療費 二三万六四七八円

原告は前記のとおり傷害の入通院治療のため、昭和五〇年四月二一日現在までに合計二三万六四七八円の治療費を要した。このうち一二万七四五〇円については社会保険から給付を受け自己負担として合計一〇万九〇二八円を支払つた。

(二) 逸失利益 二一四万一一八六円

原告が本件事故によつて喪失した得べかりし利益は、以下の計算により右のとおり算定される。

(1) 自動車損害賠償保障法施行令第二条別表の後遺症の等級 九級

(2) 九級後遺症継続期間 六年

(3) 九級の労働能力喪失率 三五パーセント

(4) 後遺症認定時における原告の年齢 満二一年

(5) 昭和四八年賃金センサスの年齢別平均給与額(満二一年) 九万九三〇〇円

(6) 六年の新ホフマン係数 五・一三四

(三) 慰藉料 一六五万円

右慰藉料の内訳は、次のとおりである。

(1) 後遺症についての慰藉料 一〇五万円

(2) 入通院についての慰藉料 六〇万円

(四) 弁護士費用 七一万円

原告は、本件訴訟を弁護士に委任するに際し、着手金として二〇万円の支払を約束し、かつ勝訴したならば成功報酬として請求額の一割である五一万円を支払う旨を約束した。

よつて原告は被告らに対し、連帯して四六一万〇二一四円およびこれに対する遅滞に陥つた日の後であることの明らかな訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをなすことを求める。

二  被告らの事実主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因第1項の事実のうち、事故発生の日時・場所・当事者は認めるが、傷害の程度は不知。その余は否認する。

(二) 請求原因第2項の事実は否認する。

(三) 請求原因第3項の事実のうち、(一)および(三)は否認し、(四)は不知。(二)のうち、(3)および(5)は認めるが、その余は否認する。

2  事故態様に関する主張

本件事故現場は新潟市小針二一五五番地斎藤電気店前の幅員一一メートルの国道一一六号線道路上で、横断歩道の側端からわずかに新潟県庁寄りの地点である。被告李泰憲は新潟市内県庁方面から被告車を運転してきて右横断歩道の手前で一たん停止し、対向車線を越えて空地に被告車を駐車すべく時速五キロメートルで右折を開始し対向車線に二・四メートル進入したところ(原告車線の側端から三・一メートル中央ライン寄りの地点)で原告車と衝突した。同被告が右折を開始したのは、右横断歩道上を斎藤電気店前から反対側に横断中の歩行者があつたため、対向車線を進行中の車両は当然に右横断歩道手前で停止又は徐行するであろうと信頼したからである。車両運転者は、相手方車両が交通法規を遵守することを信頼して運転すれば足りるのであつて、原告のように交通法規を守らない運転者がいることまで予想しなければならない義務はない。

従つて、本件事故の原因は、横断歩道上を横断中の歩行者をまつたく無視し、道路交通法三八条一項所定の一時停止又は徐行の義務を怠つて、交通法規に違反する高速度で運転を継続した原告の一方的過失にある。

3  抗弁

(一) 原告は自賠責保険から一三一万円の給付を受けたから、これを損益相殺すべきである。

(二) 仮りに被告李泰憲に過失があつたとしても、前記のとおり本件事故は原告自身の無謀な運転により惹起された要素がきわめて大きく、その過失は重大であるから、その損害額の算定にあたつて原告の右過失は大幅に斟酌されるべきであり、すでに自賠責保険から支払われた金額をもつて原告の損害は填補されたとみるべきである。

三  被告らの抗弁に対する認否

抗弁事実(一)は認めるが、(二)は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

1  原告主張の日時・場所において、原告車と被告李泰憲の運転する被告車とが衝突したことについては当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一ないし第六号証および原告本人尋問の結果によれば、原告が本件事故により急性硬膜下血腫・脳挫傷の傷害を受け、その後も外傷性痙攣発作のため、原告主張のとおり医療法人桑名病院に入通院(入院日数のべ八七日間、通院日数のべ七九日間)して治療を受けた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  責任原因

1  被告李泰憲の本人尋問の結果によれば、被告株式会社大善建設(本件事故発生当時の商号は株式会社東洋開発)が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していた事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

従つて、被告株式会社大善建設は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

2  次に被告李泰憲の過失および責任について判断する。

成立に争いのない甲第一、第八号証および乙第一ないし第五号証並びに原告および被告李泰憲の各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(1)  本件事故現場は、新潟県庁方面から内野方面に通じる幅員約一一メートルの国道一一六号線上に設けられた新潟市小針二一五五番地斎藤電気店前の横断歩道からわずかに新潟県庁寄りの地点で、右横断歩道の内野寄りには、右国道と幅員約四・五メートルの道路とが十字に交差する交差点がある。夜間、この近くには街路照明灯があつて明るく、見通しはよい。右国道はアスフアルト舗装でセンクーラインの表示があり、制限速度は時速五〇キロメートルで、本件事故当時、路面は乾燥していた。

(2)  原告は、原告車を運転して国道一一六号線を内野方面から新潟県庁方面へ向つて時速約六五キロメートルで進行し、前記横断歩道の手前約五〇メートルの地点にさしかかつた際、被告車が右横断歩道より新潟県庁寄りの対向車線を右折の合図をしながらセンターラインに沿つて進行してくるのを発見した。しかし、原告は、被告車が前記交差点を右折しようとしているものと思い、それなら被告車が一時停止して原告車の通過を待つていてくれるだろうと速断して、そのままの速度で進行を続けたところ、被告車が交差点に入ることなく前記横断歩道の手前(新潟県庁寄り)を右折し始めたため、危険を感じて衝突地点から約一四・六メートル手前で急ブレーキをかけたが間にあわず、そのまま前進して原告車の前輪と被告車の前部とが衝突し、原告車はその場に転倒したが、原告は前方約一一・六メートルの地点まではね飛ばされた。

なお、原告は、右横断歩道を横断中の歩行者の存在に気付かなかつた。

(3)  被告李泰憲は、被告車を運転して国道一一六号線を新潟県庁方面から内野方面に向つて進行し、前記斎藤電気店と右国道をはさんで向いあつている空地に駐車すべく、前記横断歩道の手前をセンターラインに沿つて右折の合図をしながら走行し、右横断歩道手前約六メートルの地点で一たん停止したが、ちようどその時原告車が前方約二七メートル先の対向車線を進行してくるのを発見した。しかし、被告李泰憲は右横断歩道を斎藤電気店前から反対側に向つて横断中の歩行者がいたので、被告車が右横断歩道の手前で一時停止または徐行してくれるだろうと速断して、歩行者の動きに合わせるようにして時速約五キロメートルで右折を開始したところ、原告車がそのままの速度で直進してきたため危険を感じて急ブレーキをかけたが間にあわず、対向車線に約二・四メートル進入した地点で原告車と衝突した。その結果、被告車は約一二〇度新潟県庁方向に押し回わされた形で停止した。

以上の事実によると、本件事故発生について原告に後記のような過失があることは否定しえないが、被告李泰憲としても、前方より直進してくる原告車を発見したのであるから、直進車である原告車の動静を見きわめ、直進車の進行妨害をすることのないよう交通の安全を確認すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と右折を開始した過失があつたものというべきである。

なるほど成立に争いない乙第二、四、五号証と被告李泰憲本人尋問の結果によれば、同被告は横断歩道を自車前方左から右へ横断中の歩行者が一人いたので、原告車がこの歩行者の通過を待つため交差点の手前で一時停止または徐行をするものと信頼していた事実が認められ、これを覆すに足る証拠はないけれども、本件事故現場は交差点の照明燈により明るかつたとはいえ夜間であり、被告車の前照灯の照明で横断中の歩行者の存在が原告車側からは見えにくいこと、自動車は歩行者と異なり一たん右折すると後戻りが容易にできないこと、および対向車線の直進車の通行を妨害する程度は車両の方が歩行者に比較すれば大きいことなどの諸点を考え併せれば被告李泰憲としては歩行者が横断中であるからといつて直ちに右折を開始することなく、直進車である原告車の動静を確認すべきであつたというべきであるから、右信頼の事実はこれをもつて直ちに同被告の過失を阻却する事由とするに足りないというべきである。

よつて、被告李泰憲は民法七〇九条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  治療費

成立に争いのない甲第三、第四号証によれば、原告は、前記傷害の治療のため、医療法人桑名病院に入通院し昭和五〇年四月二一日までの間に合計二三万六四七八円の治療費の支出を余儀なくされた事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

2  逸失利益

成立に争いのない甲第二ないし第七号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五〇年一一月二八日付の診断書にもとづき自賠法施行令第二条別表記載の後遺症第九級に相当する旨の認定をうけたこと、右認定時における医師の診断は、脳波検査では左前頭棄に異常波がみられ、ときどき起きる痙攣発作も薬を服用しなければまた出現すると思われるとの所見であつたこと、具合が悪くなるのは主として梅雨時で、曇つた日が続くと何もしたくなくなりいらいらしてくること、昭和四八年および昭和四九年の梅雨時には全身的な痙攣発作を起こして意識を失い入院したこと、昭和五〇年の梅雨時は痙攣発作はなかつたが、頭が痛く目が引つぱられるような症状がみられたこと、昭和五一年の梅雨時は前年より楽であつたが、頭を振ることができなかつたこと、昭和五二年の梅雨時は前年に比較すればかなり楽であつたことの各事実が認められるから、本件事故による原告の後遺症の存在はこれを認めるに充分であるといわなければならない。そして原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故後は右の後遺症のためもあつて昭和四八年七月ころ高校を退学して新潟市内のキヤバレー、クラブでボーイをやり(いずれも月収六ないし七万円)、昭和五〇年九月ころから昭和五一年五月ころまでは再び両津市内の定時制高校に通学しながら大工見習(食事付きで給料月二ないし三万円)をしていたが、肉体労働がつらくてやめ、結局新潟市内のバーのボーイ(月収五ないし六万円)に戻り、現在は仙台市内のレストランに勤めている(月収約六万円)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、以上の事実から原告の収入が本件事故による前記の後遺症によつて、どれほど減少したかを適格に知ることは困難であるから、ここでは前記認定事実を考慮のうえ労働能力の喪失割合を求めることとし、昭和四八年度賃金センサス第一巻第二表記載の二〇歳以上二四歳以下の全男子労働者の全産業平均賃金年一〇九万六七〇〇円(月九万一三九二円)を基礎として、労働能力喪失率を三五パーセント(昭和三二年七月二日基発第五五一号労働基準監督局長通牒の労働能力喪失率表による第九級相当)・右の労働能力喪失の継続期間を事故発生時より六年とし年五分の中間利息を月毎に単利で控除する方式(七二か月に対応する係数は六二・八五二二)により原告の逸失利益を算出するのを相当とする。従つて、次のとおり二〇一万〇四六六円をもつて原告の本件事故による逸失利益というべきである。

91,392円×35/100×6.28522=2,010,466円

3  慰藉料

前記認定の諸事実およびその他諸般の事情を総合すると、本件事故により原告が蒙つた精神的損害は一九〇万円(内訳入通院中分八五万円、後遺症分一〇五万円)をもつて慰藉するのを相当と認める。

以上1ないし3の損害を合計すると四一四万六九四四円である。

四  過失相殺

前記認定事実によると、本件事故発生については、原告にも制限速度時速五〇キロメートルを約一五キロメートル超過する時速約六五キロメートルの高速度で自動二輪車を運転走行し、かつ前方注視義務を怠り前記横断歩道上を横断中の歩行者の存在に気づくことなく、被告車が避譲してくれるものと慢然速断して同一速度で直進した過失が認められるから、損害賠償額の算定にあたつては原告の右過失を斟酌し、右損害金合計四一四万六九四四円のうち、その六割にあたる二四八万八一六六円を被告らの賠償すべき損害額とするのが相当である。

五  損益相殺

原告が自賠責保険から一三一万円を受領したことは当事者間に争いがなく、また治療費のうち一二万七四五〇円を社会保険から填補されたことは原告の自認するところであるから、これを過失相殺後の損害額から控除すると、原告が被告らに賠償を求めうべき損害残額は一〇五万〇七一六円となる。

六  弁護士費用

原告が弁護士たる原告訴訟代理人に本件訴訟を委任していることは当裁判所に顕著な事実であり、本件の認容額・事件の難易・訴訟の経過等を斟酌すると、本件事故による損害賠償として被告らに負担させるべき弁護士費用は右損害残額の約一割弱にあたる一〇万円をもつて相当と認める。

七  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告らが原告に対し各自その責任原因にもとづき一一五万〇七一六円および被告株式会社大善建設についてはこれに対する昭和五〇年五月三〇日(記録上明らかな同被告に対する訴状送達の日の翌日)から、被告李泰憲についてはこれに対する同月二九日(記録上明らかな同被告に対する訴状送達の日の翌日)から、いずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田真一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例